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母のこと(絆力)
本日(7月2日)、お昼前に病院から電話があり、「血圧が下がり続けていて今上が60台で下が30台。危険な状態です」と告げられる。
オロオロして身体も声も震える。
東生駒まで戻るのがもどかしく、生駒駅でタクシーに乗って急いで病室に駆けつけてみると、確かに言われた通りの血圧で、呼吸も非常に弱くて、しているかどうか分からないような状況。
思わず「よく頑張ったし、もういいよね」と話し掛ける。
母の手を握り続けていると少しずつ血圧が上がり出し、現在(午後3時55分)上が88下が50にまで持ち直した。(と言えるのか?)
意識は無くてもどこかで私が傍に居ることを感じているのだろうか。
看護師さんも驚いていた。
今は寝息もしっかりとしたものになっている。
しかし、このまま付き添うべきか迷う。
正直、私もしんどくていっぱいいっぱいの状態。
付き添っていると徹夜になるのは見えているし、気になって眠り難くても自宅のベッドの方がまだ安まるような気がする。
母には悪いが、今夜は傍にいてやれない。
母のためにも私が今倒れるわけにはいかないから。
明日は会社を休んで5時半から付き添う積り。
午後6時半現在の血圧:91~56。
微妙である。

●追記(7月9日):
その後、母は完全に持ち直し、血圧は上が100以上、下は60程度を維持し、酸素摂取率も90%を超えています。
尿の出も良いようです。
主治医によれば白血球が物凄く増えていて危険な状態らしいんですけどね。
今朝5時半過ぎに見舞ったときにも比較的安らかな様子だったので久し振りに出社しました。
なんか、母が逝くのを待っているような、嫌な日々です。

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by unclexml | 2012-07-02 15:33
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母のこと(昏睡)
本日(6月30日)午前9時頃に麻酔薬の注入を止めました。
それから約7時間。
まだ目を覚ましません。
昨日の夕方見舞ったときには麻酔薬で眠りながらも目を開けて刺激に反応していたのですけどね。
主治医の話では「レベルが低下していて、昏睡状態になっています」とのこと。
比較的安らかな寝息で、痛みや苦しみは感じていないそうです。
もう目を覚まして口をきくこともないと思うと寂しくて哀しいですが、意識が明瞭だったときに別れの言葉を交わしておいたのがせめてもの慰めです。
今夜は病室に泊まります。
明日もそうする積もりでしたが、とりあえず病院での私の役目は果たしたようですし、自宅で寝ようかと思います。

●追記:
22時少し前、苦しそうな声をあげながら半覚醒状態になる。
目も少し開いているが、焦点は定まらず、声をかけても反応なし。
盛んに、しかしゆっくりと身体を動かす。
看護師さんを呼んで麻酔薬の投与を再開する。
現在(7月1日午前4時20分)、脈拍:100、血圧:146~79、酸素摂取率:87%、寝息:穏やか。

●追記(その2):
7月1日午前5時57分、寝息少し荒く、時折辛そうに奇声を発する。
麻酔薬の注入量を毎時1.0mLから1.5mLに増やす。

●追記(その3):
7月1日午前6時20分、まだ辛そうなので麻酔薬の注入量を2.0mLに増やす。
穏やかな寝息になり、奇声を発することもなくなる。
痛みや苦しみは感じていない様子。

●追記(その4):
7月1日午前11時、いつものように看護師ふたりが顔や身体を拭きに来てくれた。
身体を動かすと少し覚醒して痛がるので麻酔薬の注入量を3.0mLに増やす。(因みに主治医が定めた上限は毎時4.0mL)
今(11時29分)、脈拍:78、血圧:108~56、酸素摂取率:94%。
まだ時折苦しそうな奇声を上げる。
苦しんでいる者を残して帰宅するのは忍びないが、もはや私にできることは手を握ってやるくらいしか無い。

●追記(その5):
7月1日午後12時25分、麻酔薬の注入量を上限の4.0mLにする。
相当苦しがっている。

●追記(その6):
麻酔薬の注入量を毎時4.0mLにして二時間近く経って漸く寝息を立て始める。
このまま苦しまずに済むかと思ったのも束の間、午後3時50分、また苦しみ出す。
痛いのか苦しいのかは不明。(看護師は「多分その両方」と言う)
不憫だが明日の出勤に備えて私は帰宅することにする。

●追記(その7):
日付が7月2日に変わって間もない頃、「おかあさん!」と母を呼ぶ自分の声で目を覚ます。
午前5時半過ぎに病室を見舞う。
苦しんではいないが呼吸は荒い。
血圧の値が異常に高いのが気になるが、母の手を握りしめることしかできない。

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by unclexml | 2012-06-30 15:46
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母のこと(迷い)
昨日(6月28日)、定時で退社して病室を見舞うと、母は鼾をかいて眠って(眠らされて)いました。
すやすやという安らかな感じではなく、どこか苦しそうな息遣いでしたが、主治医の話では苦しさは感じていないらしい。
私が手を握っても、当然ながら、私だとは認識できません。
脈拍は100を超えていました。
ちゃんとマスクを着けているのに、酸素摂取率は85%程度。(前日までは90%以上)
まあそれは仕方無いとして、土曜日に覚醒させるかどうか迷っています。
私としてはもう一度母と言葉を交したくて覚醒させようと思ったわけですが、同時にそれは母の苦しみを呼び覚ますことにもなる筈です。
母は常々『苦しみたくない』と言っていました。
それでも私に会いたいでしょうか?
苦しい思いをしながら私と話がしたいでしょうか?(できるでしょうか?)
目覚めさせて話がしたいというのは単なる私のエゴではなかろうか?
主治医に話したところ、『麻酔薬を止めて様子を見て、苦しそうだったら投与を再開すればいい』というアドバイスをいただきました。
それに従ってみようと思います。
状況次第でもう私の付き添いは必要無い(意味が無い)かもしれません。
おかげさまで、私は昨夜、自宅のベッドでぐっすり眠ることができました。(酒の力を借りて)

●追記:
6月29日(金)の夕方、脈拍は80、酸素摂取率90%、血圧80~140と安定していました。
益々起こすのが躊躇われます。
もう一度話がしたい気持ちも強いのですけどね。

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by uncleXML | 2012-06-29 05:11
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母のこと(覚悟)
6月25日(月)、定時で退社して病室に戻ると、母は酸素マスクを着け、心拍数や血圧や酸素摂取率等を計測する機械に繋がれ、尿を採取する管を通されていました。(本人が「気持ち悪い」と言うので尿の管はすぐに外されました)
主治医に話を聞くと、「尿の出が悪いし、肺炎を併発していて状態は良くない。いつ何があってもおかしくない」とのこと。覚悟を新たにしました。
トイレもベッドの傍にポータブルトイレを持って来てもらい、介助が必要になりました。(「させる」のは私ひとりでもできますが、ベッドに戻すのは看護師さんの助けが必要になります)
意識ははっきりしていますが、相当しんどそうです。
酸素が足らなくて脳に障害が出ることを心配しているものの、違和感があるのか「しんどい」と言ってマスクを外そうとばかりします。
酸素の摂取率が84%以下になると夜中でもアラームが鳴って、その度にマスクを着けてやるのですが、本人は嫌がるし時には怒り出します。(因みに私は98~99%)
夜中に何度かトイレに行くし、(私が)殆ど眠れない日が2日ばかり続いています。

●追記:
本日の血液検査の結果、腎臓の数値に特に問題は無く、主治医の話では今夜たちまちどうこうということは無いとのこと。
同時に明日はどうなるか分からないとも。
「なんじゃ、そりゃ?」な話ですが、それが偽らざるところなのでしょう。(「今週がヤマか」と覚悟を決めたのはちょっと早とちりだったでしょうか。ペース配分が難しいですね。もう別れの言葉すら交わして、特にやり残したことは無いのですけどね)
で、看護師さん達が主治医に提案してくれたのは「麻酔薬を打って母を眠らせる」こと。
そうすれば酸素マスクを外すこともないし、トイレで深夜に私を起こすこともないだろうというわけ。
私も相当しんどそうに見えるのでしょう。(慣れないことなので確かにしんどいです)
折角のご提案、今夜やっていただこうと思います。
付き添っていても意味が無くなるので明日は出社し、夕方見舞った様子次第では久し振りに自宅で眠ろうかとも。
麻酔薬の注入を止めれば意識は普通に戻るそうなので、金曜日の昼くらいに止めてもらえば週末は今まで通りの付き合いが出来る筈です。

●追記(その2)
麻酔薬で眠らせたからといっても酸素マスクを外そうとするのを止めることは無いようです。
意識的にか無意識かは分かりませんが、鼾をかきながら外そうとしています。
看護師さんも母にかかりっきりになるわけにはいかないし、少しくらい脳に障害が出るかもしれませんね。
母には最後まで母らしくあって欲しいのですけどね。

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by unclexml | 2012-06-27 07:16
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母のこと(一月)
母が入院して今日で丸ひと月になります。
母も私も初めての経験の連続でした。
昨日の夕方と今朝、約40℃の発熱。
錠剤の解熱剤は吐き出してしまうことがあるので点滴を受けました。
痛み止めを換えて意識がはっきりしたのは良いですが、以前のように夜眠れなくなりました。
明け方になって漸くウトウトし始めるものの、それまではイライラしている様子。
それが私にも伝わって、こちらまで寝不足気味。
ここ数日はそんな状態が続いています。
今朝は私も37℃の熱がありました。
数日前から喉が痛くて「俺も食道癌かな~」なんて思っていたら、風邪のようです。
薬を飲んだら熱も下がって喉の痛みも和らぎました。

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by unclexml | 2012-06-23 07:54
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母のこと(要介護2)
約1月前に申請しておいた母の介護認定、「要介護2」と認定されました。
結構いろんなサービスを受けることができるようですが、医療保険と介護保険を併用することは出来ないので退院しない限りは使えません。
ま、文字通り「保険」ですね。
それは兎も角、痛み止めの薬をモルヒネから別のもの(貼り薬)に換えた所為か、母の人格が本来のものに戻りつつあるように感じます。
完全ではありませんが、言っていることはかなりまともですし、昔の記憶も確かです。
投薬や点滴も受けてくれるようになりました。
今度の痛み止めは副作用として嘔吐を伴いますが、それを抑える坐薬もあります。
嘔吐も辛いでしょうが、別人のように人格が変わって周りを困らせることばかりするより遥かにマシです。
今の母なら私も大抵のことは耐えられる気がします。

●追記:
午前中で早退し、洗濯その他の用事を済ませて病室に戻ってみると、嘔吐中の母がいました。
直ぐにナースコールをして来てもらい、応急処置をした後嘔吐止めの坐薬を入れてもらったところです。
激痛を感じなくする薬はそれ自体が劇薬なのでしょうね。
同時にガタガタ震えながら発熱していたのも少し収まった模様。
母は「今までありがとう」なんて別れの言葉を口にしました。
まだちょっと早いんじゃないかな。

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by unclexml | 2012-06-22 09:21
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母のこと(安堵)
昨日(6月18日)、定時に退社して病室に戻ると母は穏やかな顔をしてベッドに横たわっていました。
いつもものように「どこへ行っとったん!」と怒ることもなく。
母の穏やかな顔を見るとホッと安堵します。
「今日はいい子にしていてくれたんだな」と思ったのも束の間、主治医から「点滴も薬も拒否された」と聞かされました。
相変わらず病院には迷惑をかけているようです。
結局は自分や息子が困ることになるのに。
とはいえ、昨夜は私に対する心遣いを見せたり、認知症的症状が和らいだようにも見えました。
時々、私のことを「お父さん」と呼びます。
亭主(私の父)のことだろうと思いながら話を聞いていると、自分(母)の父親の話をしています。
今まで母親の話はよく聞かされましたが、とても幼い頃に亡くして顔の記憶もはっきりしない父親のことを聞くのは初めてです。
今、いろんな思いが駆け巡っているのでしょうね。
良い想い出だけが残ってくれればいいのですけどね。

●追記:
なんてことを考えていたら午前10時半頃電話をかけて来て、泣きながら「早く帰って来てくれ」と言います。
出勤前に「今日は午前中で帰るからね」と言い、メモも残しておいたのに忘れてしまったのでしょう。
病室に戻るとパジャマが変わっているので「どうしたの?」と尋ねると「点滴を失敗してビショビショにされた」と言います。
先日のこともあるので「自分で抜いたんじゃないの?」と言うと激昂して「親の言うことが信じられないのか!」と泣き出す始末。
デリケートですね。
安堵などと思ったのは甘い一瞬の夢のようなものだと実感させられます。
なんとかなだめて持って来た茹で卵とキウイを食べさせ、お昼の薬を飲ませた次第。
病院食には毒が入っているかもしれないと疑って食べようとしないのに対し、「私が作った」と言うものは食べてくれます。
少しだけですけどね。

●追記(その2)
そうかと思えば、「辛い思いをさせてごめんよ」と泣いたりもします。
情緒的に不安定になっているのは分かりますし、その時その時の彼女に嘘は無いのだと思います。
それにしても今日はよく泣きます。

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by unclexml | 2012-06-19 08:43
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母のこと(崩壊)
母の人格崩壊は止まることなく、ただひたすら進行するのみ。
昨夜はベッドで脱糞し、大騒ぎ。
看護師さんふたりに来てもらって何とか収まりましたが、暫くしてまたトイレに行くのを介助。
睡眠不能。
そうこうしているうちに痛み止めの薬効が切れて「痛い、痛い」と騒ぎ出す。
看護師さんがモルヒネの錠剤を持って来てくれても頑として口を開かない。
私が何とか口に入れて吸い飲みで水を飲ませたのですが、飲んだふりをして後で吐き出すような知恵はあるので油断は出来ず。
お腹の痛みを訴えなくなったので飲んだものと思われますが、今朝の薬は拒否しました。
こんな人、救いようがありませんね。
最早、我が母とも思えず、赤の他人を看護させられている感じ。
疲れてしまって、何時まで続くのかと途方に暮れています。
私も崩壊しつつあるのかも…。

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by unclexml | 2012-06-17 08:52
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母のこと(別人)
遂に母は私を自分の息子だと認識できなくなりました。
どうやら父(亭主)と勘違いしているようです。
ここ数年、父に対する憎しみの言葉を吐くことが増えてもいました。(父には恨まれる理由が無いとは言えないのですけどね)
その父への仕返しの積もりか、昨日から困らせることばかりしています。
「あなたは私を殺そうと思っているんでしょ」なんて言うし。
私だけではなく、点滴や投薬を拒否して看護師さんまで困らせます。
私や看護師さんが共謀して自分を苦しめて(殺そうとして)いて、そいつらが「薬」だと言っているモノは実は「毒」なので飲んではいけないと思い込んでいるようです。
私が傍に居るのは、付き添いではなくて逃げないように見張るためだと思っているのかもしれません。
私が知っている母とは全くの別人になってしまいました。
私の母が最後の最後でこんな状態になるとは想像もしませんでした。

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by unclexml | 2012-06-16 11:18
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母のこと(嗚呼)
このまま大人しくなってくれるかと期待したのは甘かったようです。
昨日(6月14日)、洗濯物を取り込みに一時帰宅した1時間足らずの間に病室を抜け出し、和式トイレでしゃがんだものの、立ち上がれなくなってジタバタしていました。
汗びっしょりでパニック状態でした。
看護師さんに手伝ってもらってなんとか病室に戻しましたが、私が見つけなかったらどうなっていたことやら。
個室にはトイレがあるのに何故外に出たのか、本人に訊いても『分からない』と言うだけで。
段々目が離せなくなって来ました。
一時的にせよ、そんな母を自宅に連れて帰るのは多分にリスキー(買い物等で自宅を離れたときに何が起きるか分からない)だと思いますが、これが最後かもしれないと考えるとやるしかないでしょうね。

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by unclexml | 2012-06-15 07:39
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