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解除会(東大寺大仏殿)
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久々の写真付き投稿になります。(改めて私の写真を撮ってくれる人が居なくなったことを実感しています)
母の葬儀から2週間になる今日、自宅に居ると気が滅入るし、猛暑の中東大寺解除会に行って来ました。(勿論、着物姿で。数年前、京都の伊勢丹で買った遮光遮熱の母の日傘が役に立ちました)
この暑さで流石に観光客は少なかったですが、大仏殿は別。
結構な人出でした。
昨年は母と一緒に八坂神社の茅の輪くぐりをしてふたり共夏を越すことができましたが、今年は私独りになりました。(↓の写真、シャッター速度が遅かったので、くぐっている人の姿が滲んで面白い画像になりました)
独り暮らしは29年振りなので最初はちょっと戸惑いましたが、なんとか慣れつつあるように思います。
何かがそうさせてくれているのでしょうね。(会社や仕事の存在は特に大きいです)
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(2012/07/28 撮影)

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by uncleXML | 2012-07-28 17:34 | 歳時記
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父のこと(呪)
『お母さんを頼むぞ』
32年前のあの日、心臓弁膜症を患い、人工弁を移植するために手術室に向かう父の最後の言葉でした。
私は反射的に『任しとけ!』と応えました。
死を覚悟した父と交わした約束は「呪(しゅ)」(夢枕獏の「陰陽師」に出てくる言葉)のようにその後の私の心の奥底に棲み続けました。
私にとって重い重い言葉でした。
因みに手術は成功し、歩くのも困難だったのが元気に歩けるようになったと喜んだのも束の間、その後の検査入院で帰らぬ人となりました。
今思えば院内感染だったのでしょうが、その頃にはそんな言葉すら無く、納得できないまま諦めるしかありませんでした。
母から手術成功の知らせはありましたが、父と言葉を交わす機会は無かったように思います。(従って冒頭の言葉が私にとって父の最後の言葉となりました)
この十数年は確かに母を大事に思い、優しく接して来た自信はあります。
母も『ありがとう。幸せだったよ』と言ってくれました。
しかし、もっと若い頃、特に30代の生意気盛りの頃には邪魔だとさえ思ったこともありました。
自分勝手なものです。
お父さん、あの約束、ちゃんと果たしたよね?

※忌引きも終るので明日から普通の生活に戻します。(母のいない状態がこれからの普通になると思うと辛いです)
朝4時に起きてご飯を炊き、朝食とお弁当を作り、植物に水を遣ってメダカに餌を与え、洗い物を済ませて出かけます。(聞き慣れた『行ってらっしゃい。気をつけて』の声はもう聞けませんけどね)
ひじきの煮物は今日作りました。
昼間は何とか過ごせるでしょう。
夜の辛さは当分どうしようもないですね。

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by uncleXML | 2012-07-22 13:24
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母のこと(完了)
母が亡くなった日から数えて今日で9日。
昨日病院の支払いを済ませると同時に入院証明書を受け取り、本日残っていた手続きを全て完了しました。(日本年金機構に提出する書類は月曜日に発送するのみ)
結構やらなければならないことが多くて、しかも平日にしかできないことが殆どでゆっくり休む暇はありませんでした。(その方が良かったですけどね)
母の衣類やバッグなど、リビングや和室、クロークに雑然と放置されて邪魔になるものは片っ端から捨てました。ゴミ袋に何袋も何袋も。それぞれに「さようなら」と言いながら。(箪笥の中にはまだ沢山ありますが、とりあえず邪魔にはならないのでそのまま)
9日も経てば母のいない生活に慣れられそうですが、なかなかそうはいきません。
昼間はまだしも、夜が辛いです。
母が自宅を離れて(入院して)2ヶ月近くになりますが、夜はずっと付き添っていました(丸一日も度々)し、昏睡状態になってからも暖かい手を握り締めてその存在を確認できていました。涙なんか出ませんでした。
今は天涯孤独を実感するのみです。
独りぼっちって、こんなにも寂しくて哀しくて辛いものなのですね。ひとりでも家族が居るって、あんなにも幸せだったんですね。
ずっと前からこんな日が来ることは分かっていたのに、いざそれが現実となると…。眠れません。寝入ってもすぐに目が覚めてしまって…。
こういうのは日にち頼みしかないのでしょうね。
全てやり遂げてホッとして疲れが出たのか、37.2度の熱が出ました。
付き添いをしていて解熱剤と共に脇の下を冷やせば熱が下がることを学んでおいたのが役に立ちました。

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by uncleXML | 2012-07-21 15:34
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母のこと(位牌)
今日は母の位牌探し。
奈良なら仏具屋なんて沢山あるだろうと思って検索してみると案外少ないし、場所が不便だったりするんですよね。
京都の寺町辺りに行けば沢山あるのでしょうが、あそこまで行って気に入ったのが見つからなければアホみたいだし…。
で、どうせなら地元の生駒であたってみようとお邪魔したのが「浜屋」さん。
いいのがありました。
キンキラしなくて、落ち着いた趣のある、母にぴったりのお位牌が。(現物が展示されています)
生前、『死んだ後には金をかけるな』と言っていた母に怒られそうですが、これがしてあげられる最後のことですし、私も後悔したくないですからね。
今お仏壇に入っているふたつの位牌のどれよりも高価だと思います(ホントはいけないらしい…)が、サイズ的にはそれらより少し小さ目なので控え目な印象になる筈です。
後は納骨(8月30日)まで暫く日にちがあります。(ホテルは予約しました)
まだ母のことでやらなければならないことが幾つか残っていますが、今日は久し振りに「かめや」さんに行って洋食焼きでもいただくことにします。(余りお腹空かないんですけどね…)

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by uncleXML | 2012-07-15 13:42
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母のこと(葬儀)
母がやっと6週間振りに自宅に戻って来ました。
白い布に包まれ、小さく、軽くなって。
私とふたりで選んだ遺影が優しく微笑んでいます。
本人の希望で密葬にしました。
母の姉とその家族以外には誰にも知らせていません。(ブログに書いたんじゃあ世界中の人にふれ回っているのと同じですけどね)
私独りだけの通夜はかなり辛いものがありましたが、母とふたりきりで過ごせる最後の夜でもありました。
私は天涯孤独になりました。(母がいちばん恐れていたことです)
8月30日に納骨のために倉敷に帰りますが、その後はもっと寂しくなるんでしょうね。
位牌の注文にも行かなくちゃ…。
母の衣裳の整理もどこから手をつければいいのか…。
今年一杯くらいかかりそうです。
しかし、独りで3LDKは広過ぎるな~。

●追記(7月15日):
昨日、火葬場に早く着き過ぎて骨上げまでにまだ30分以上あったので母への年金支給を止めてもらうために日本年金機構に電話しました。
暫く待たされた後、女性のオペレータが出たので『昨日母が亡くなったので年金を止めていただこうと思いまして…』と切り出し、母の基礎年金番号と名前と生年月日、住所等を伝えました。更に私の名前や続柄、住所等も訊かれたので答えました。
それで手続き完了かと思いきや、さに非ず。
必要書類が要るので奈良まで取りに行けと言います。(そちらから郵送しろと言いましたけどね)
昨日亡くなってバタバタしているのを知ってか知らずか(最初に伝えてあるので知らない筈はありません)、年金証書や戸籍抄本、母と私の住民票まで添付しなければいけないとまで言われたときには完全にキレてしまい、『年金支給を止めるのになんでそんなに面倒なことをしなければならないんだ?馬鹿野郎!』と怒鳴ってしまいました。戸籍抄本なんて、本籍地の倉敷に行かなければ取れないんですよ。
相変わらずお役所仕事をしているんですね。
連絡せずに放っておく人が結構いるのはこういう不必要な面倒さもあるのではないでしょうか。

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by uncleXML | 2012-07-14 15:30
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母のこと(戒名)
菩提寺から素敵な戒名が届きました。
「清澄院妙淑信女(せいちょういんみょうしゅくしんにょ)」(「淑」の字が母の名前のひと文字です)
日蓮宗らしい良い戒名ですね。

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by unclexml | 2012-07-13 23:46
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母のこと(永眠)
平成24年(西暦2012年)7月13日午前1時28分、母は永遠の眠りに就きました。(享年79歳)
奈良西部病院並びに共進社印刷株式会社の方々、および励ましのお言葉を頂いた皆様には心より御礼を申し上げます。
お母さん、今まで本当にありがとね。
これから私は独りで生きて行きます。
さようなら、さようなら。
願わくば彼女が敬愛する母(三井ハナさん)と彼岸で再び見えんことを。

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by unclexml | 2012-07-13 04:05
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母のこと(酸素)
午前9時半頃から酸素の吸収率が下がり始めた。
それまで90%以上をキープしていたのに現在82%。(以前、84%以下になるとけたたましくアラームが鳴っていたと記憶している)
呼吸も弱い。
血圧は96~52。
体温37.2℃(今朝5時半時点:39℃)

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by unclexml | 2012-07-12 10:28
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母のこと(絆力)
本日(7月2日)、お昼前に病院から電話があり、「血圧が下がり続けていて今上が60台で下が30台。危険な状態です」と告げられる。
オロオロして身体も声も震える。
東生駒まで戻るのがもどかしく、生駒駅でタクシーに乗って急いで病室に駆けつけてみると、確かに言われた通りの血圧で、呼吸も非常に弱くて、しているかどうか分からないような状況。
思わず「よく頑張ったし、もういいよね」と話し掛ける。
母の手を握り続けていると少しずつ血圧が上がり出し、現在(午後3時55分)上が88下が50にまで持ち直した。(と言えるのか?)
意識は無くてもどこかで私が傍に居ることを感じているのだろうか。
看護師さんも驚いていた。
今は寝息もしっかりとしたものになっている。
しかし、このまま付き添うべきか迷う。
正直、私もしんどくていっぱいいっぱいの状態。
付き添っていると徹夜になるのは見えているし、気になって眠り難くても自宅のベッドの方がまだ安まるような気がする。
母には悪いが、今夜は傍にいてやれない。
母のためにも私が今倒れるわけにはいかないから。
明日は会社を休んで5時半から付き添う積り。
午後6時半現在の血圧:91~56。
微妙である。

●追記(7月9日):
その後、母は完全に持ち直し、血圧は上が100以上、下は60程度を維持し、酸素摂取率も90%を超えています。
尿の出も良いようです。
主治医によれば白血球が物凄く増えていて危険な状態らしいんですけどね。
今朝5時半過ぎに見舞ったときにも比較的安らかな様子だったので久し振りに出社しました。
なんか、母が逝くのを待っているような、嫌な日々です。

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by unclexml | 2012-07-02 15:33
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