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あずみそば(倉敷)
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倉敷レポートで紹介し忘れていたものがありました。
昭和38年のある日、信州松本の片田舎、蕎麦屋の暖簾を 二人の初老の紳士がくぐった。一人は「信州松本の民芸家具の創始者」 池田三郎氏。もう一人は「大原美術館の創始者 大原孫三郎」の後継者 であり「倉敷紡績社長」の大原總一郎氏。そしてこの人こそが "あずみそば"の歴史を創った人物である。大の蕎麦通として全国津々浦々、旨いと言われる蕎麦を食べ歩いていた大原氏にとって、地元倉敷に 本物の蕎麦屋を作り、いつでも大好きな蕎麦を食すのが永年の夢であった。しかし、求める蕎麦に巡り合う機会がないままに、 松本の間口一間程の蕎麦屋に入った。そこで「これこそが自分の探し求めていた味だ」と、気が付けば六枚の盛り蕎麦をたいらげていた。 これが大原氏と"あずみ"の出会いである。
こうして約二年間に渡る倉敷への誘い・・・。決して無理強いは せず、三顧の礼をもって先代夫婦を遇し、ようやく昭和41年6月、 倉敷美観地区に先代の出身地、信州"安曇野"の地名から名付けた 「あずみそば」が誕生した。
というあずみそばの名物、「山芋そば」がこちら(↓)。
実は、またうっかり写真を撮る前に食べてしまい、ショーウィンドウのサンプルを写したものでございます。
実物はこれよりもっと黒い蕎麦でした。
信州名物の「野沢菜のおやき」もいただきましたよ。
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by uncleXML | 2006-10-31 04:12 | お店(飲食)
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時代祭レポート(最終回)
「平安時代婦人列」の後「延暦武官行進列(延暦時代)」、「延暦文官参朝列(延暦時代)」と続き、最後は「神饌講社列」となります。
10.神饌講社列
●前 列

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御神幸列の直前を行くので「前列」と言います。
雅楽の伶人、迦陵頻伽(かりょうびんが)、胡蝶(こちょう)等優美な衣裳の列で、多数の狩衣装束(かりぎぬしょうぞく)のお供が従います。
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●神幸列
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御賢木(おんさかき)を先頭に、御鳳輦(ごほうれん)を中心とした神幸の本列であります。
先の御鳳輦が西本殿の孝明天皇、後の御鳳輦が東本殿の桓武天皇で、宮司以下神職が前後につき従って御神幸されます。
即ち、御祭神が京都を御巡幸になって、市民の安らかな状を親しくご覧になるのでございます。
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ダイジェストでお伝えした時代祭2006のレポートも最終回でございます。
長らくのお付き合い、ありがとうございました。

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by uncleXML | 2006-10-30 04:36 | 歳時記
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時代祭レポート(その6)
9.平安時代婦人列
本列は、「巴御前」、「横笛」、「常盤御前」、「紫式部と清少納言」、「紀貫之の女」、「小野小町」、「和気広虫」、「百済王明信」と続きますが、ここではそれをダイジェストでご紹介。
●巴御前(ともえごぜん)
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木曾義仲の寵愛を受け、義仲没後尼となりました。
こちら(↑)は巴御前の武装を「源平盛衰記」に基づいて現したもので、天冠に鎧を着け、太刀を佩き長刀を、従者は折烏帽子に腹巻を着け、小刀を帯び弓及馬杓を持っております。
勇ましいですね。
●常盤御前(ときわごぜん)、
紫式部と清少納言(むらさきしきぶとせいしょうなごん)
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前を行く常盤御前は源義朝の夫人で、義朝亡き後、三児(牛若・乙若・今若)を連れて六波羅に名乗り出たときの姿を模したものでございます。
後方は藤原宣孝の妻で「源氏物語」の著者である紫式部と、「枕草子」の著者清少納言であります。
●小野小町(おののこまち)
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ご存知、平安時代前期の女流歌人で、六歌仙・三十六歌仙の一人。
出羽の国の郡司小野良貞の女で、才色兼備の女性でございます。
服装は平安初期の特殊な姿で、当時の神像を参照して作られたものであります。
●百済王明信(くだらおうみょうしん)
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従三位(女官では最高位)、百済王敬福(きょうふく)の孫、理白(りはく)の子、右大臣藤原継縄(つぐただ)の妻であります。
桓武天皇の信頼厚く、延暦九年の詔でも『百済王らは朕の外戚なり』と宣べられております。

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by uncleXML | 2006-10-29 05:43 | 歳時記
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時代祭レポート(その5)
7.中世婦人列(鎌倉・室町時代)
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中世婦人列は、「大原女(おはらめ)」、「桂女(かつらめ)」、「淀君(よどぎみ)」、「藤原為家の室(ふじわらのためいえのしつ)」などの行列ですが、ここではその内の「静御前(しずかごぜん)」のご紹介。
ご存知、源義経の愛妾で白拍子。
後に義経が叛人として頼朝に追われ、奥州に落ちた後、捕らえられて鎌倉に送られました。
このとき、鶴岡八幡宮社前で頼朝の意を気にせず、義経を恋い慕う歌舞を行ったことは有名であります。
本列では白拍子時代の姿で水干(すいかん)、単小袖(ひとえこそで)、白の切袴を着け、立烏帽子を被って鼓を持っております。
8.城南流鏑馬列(鎌倉時代)
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流鏑馬(やぶさめ)は、平安朝以来行われた騎射の技で、馬場に三箇所の的を立て、射手が馬を馳せつつ矢継ぎ早にこれを射るものであります。
承久3年(1221)5月後鳥羽上皇は朝威回復を計られ、流鏑馬に託して城南離宮に近畿10余国の武士1700余人を召し集められ、華美を競い武具を飾って行われたと伝えられております。
本列は狩装束の射手武士を中心に5組で組織され、狩装束の騎馬の武士は綾藺笠(あやいがさ)を被り、直垂(ひたたれ)を着け、手には弽(ゆがけ)をはめ、左手に射篭手(いごて)、物射沓(ものいぐつ)を履き、箙(えびら)を負って太刀、腰刀を佩び、弓、長刀を郎党に持たせた颯爽とした姿でございます。
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by uncleXML | 2006-10-28 04:39 | 歳時記
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時代祭レポート(その4)
4.豊公参朝列(安土・桃山時代)
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豊公参朝のうち、慶長元年(1596)5月の秀頼参朝と、同2年9月元服のときが最も盛儀であったと伝えられ、本列はそれを模したものでございます。
参内の乗り物は特に盛儀に使われた牛車で、檳榔毛唐庇車(びんろうげからひさしぐるま)と言い、蒲葵(びろう)の葉で葺き、すだれ等の色文(いろあや)装具等は最高の様式であります。
5.織田公上洛列(安土・桃山時代)
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応仁の乱後、京都は非常に寂れ、皇室もまた大いに衰微したのでございます。
永禄11年(1568)9月、織田信長(↑)はお召しに応じ、兵を率いて上洛し、皇居を修理、都民を落ち着かせ、その復興に努めました。
本列はその織田公上洛を模したもので、立入宗継は命を受け、粟田口に織田公を出迎えたのであります。
この時代に注目すべきことは、戦に鉄砲が導入されたことであり、甲冑の多くは胴丸で、各部に鉄板を使った所謂当世具足(とうせいぐそく)の新形式で、江戸時代にかけて用いられました。
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▲超カッコいいですよね。(ガオ~!って感じで)
6.楠公上洛列(吉野時代)
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元弘3年(1333)5月、後醍醐天皇が隠岐より還幸のとき、楠公は一族郎党を率いて聖駕を兵庫に迎え、先駆して上洛されたことは同公一代の盛事でありました。
本列は、その楠公(↑)を中心とした行列でございます。
甲冑は平安中期から鎌倉時代にかけて盛んに用いられた大鎧、殊に腹巻、胴丸が多く、楠公は紫末濃(むらさきすそご)の大鎧、兵庫鎖太刀に豹の鞘であります。

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by uncleXML | 2006-10-27 04:39 | 歳時記
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時代祭レポート(その3)
3.江戸時代婦人列
●和 宮(かずのみや)
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御祭神孝明天皇の皇妹で、後に将軍家茂の御台所となられました。
こちら(↑)は、輿入れ前16歳頃の近世女房装束で、女嬬を従えた宮廷内でのお姿を表したものであります。
●吉野太夫(よしのだゆう)
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江戸時代寛永の頃、京六条三筋町の名妓で後に灰屋紹益の妻となりました。
こちら(↑)は、芸妓の頃の姿であります。
●出雲阿国(いずものおくに)
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出雲大社の巫女で、京都で念仏踊を演じ、歌舞伎の起源をなしました。
弟子を連れた扮装は、京都大学・徳川家所蔵品等から考証されたものであります。

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by uncleXML | 2006-10-26 04:24 | 歳時記
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時代祭レポート(その2)
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(2006/10/22 撮影)
定刻の12時、京都市長の乗った馬車に続いて、いよいよ今年も時代祭が始まりました。
1.維新勤皇隊列(明治維新時代)
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凛々しいですね~。
維新の際、幕府の遺臣が東北地方で反抗した時、丹波の国北桑田郡山国村の有志が山国隊を組織して、官軍の行装を模したもので、三斎羽織(さんさいはおり)に義経袴を履き、下には筒袖の衣、頭に鉢巻または赤熊(しゃぐま)を被り、脚絆、足袋、草履を履き、刀を佩び、鉄砲を構えた姿であります。
2.徳川城使上洛列(江戸時代)b0008289_20555961.jpg
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徳川幕府は大礼、年始等の際には必ず城使を上洛させ、皇室に対し礼を厚くいたしました。
城使には親藩・譜代の諸侯が選ばれ、殊に御即位の大礼には将軍家名代が多数の従者を従え、その服装器具等は非常に華美なものでありました。
若者によるパフォーマンスもカッコ良かったです。
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by uncleXML | 2006-10-25 04:35 | 歳時記
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時代祭レポート(その1)
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(2006/10/22 撮影)
お祭野郎らしく、昨年に続いて時代祭に行ってまいりました。
昨年は有料観覧席ながら申し込むのが遅かったために3列目でやや不満が残ったのですが、今年は受付開始5分後にネットで申し込みを済ませたので最前列でございます。
さて、この時代祭、1895年に平安遷都1100年を記念して平安神宮が創建された時に、平安神宮の大祭、建造物、神苑の保存のため、市民により平安講社が組織され、その記念事業として始まったお祭であります。
明治維新から延暦時代へ遡って、順次風俗、文物の変遷を再現する行列に参加している方々の中にはユーモラスな人も多く、楽しいお祭でございます。
先頭を行く京都市長(↑)もご満悦の様子。
さあ、時代祭レポート2006のはじまり、はじまり。

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by uncleXML | 2006-10-24 04:35 | 歳時記
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時代祭に来ております
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今年も時代祭に来てしまいました。
有料観覧席の最前列。
折角なので、楽しませていただきます。
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by uncleXML | 2006-10-22 12:14 | 携帯投稿(実況だよ)
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霊山寺のバラ
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大和の国でバラの寺として名高い霊山寺
今、秋咲きのバラが美しく咲き誇っております。
昨日で7~8分といった感じでしょうか。
今週末あたりが最高かも知れません。
写真(↑)奥に見えるティーテラス、「プリエール」のローズティ(ケーキ付)もオススメでございます。
※かたちゃんさんの霊山寺のバラ①にTBのお返し。(2006/10/27)

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by uncleXML | 2006-10-22 05:36 | 名所(大和の国)
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