◆ 思えば遠くへ来たもんだ
と母が病室で呟いた。
まだ意識がはっきりしていた頃。
死が避けられないと知らされていろんな思いが駆け巡っていたのでしょう。
母は50歳まで生まれ育った倉敷で暮らし、私が会社の寮を出るタイミングで東京に出て一緒に住むようになりました。
以後28年余りで52歳の時に横浜に引っ越し、62歳でまた引っ越し(横浜)、70歳で奈良(生駒)に大移動。終の棲家となりました。よく着いて来てくれたものです。
70歳という高齢で環境が変わるのは寿命を縮めるのではないかと心配しましたが、8年生きられたのですから順応できたのでしょうね。大好きな京都や奈良が近いのも幸いしたと思います。(生駒への引っ越しは、それまでで一番シンドイものでした。引っ越し好きの私でさえ『もう引っ越しは嫌だ』と思ったくらいです。母は尚更だったでしょう)
人それぞれ、生まれた場所で一生を過ごす人もいれば、私共のようにデラシネの如く各地を転々とする人もいて、人生様々だな~と感じます。(お盆の帰省ラッシュを見ると、生まれ故郷を離れて生活している人の方が多いのでしょうか?)
母がどういう思いで呟いたのか今となっては知る由もありませんが、私としては若い頃を刺激的な首都圏で過ごし、48歳という中年になって落ち着いた風情の古都で暮らし始めたのはある意味理想的だなと思っております。
最後は故郷の倉敷に戻りたいのですけどね。(おそらく母もそうだったろうと思います)
30日の母の納骨の準備は整いました。
彼女は故郷の倉敷に帰ります。

[PR]
by uncleXML | 2012-08-26 03:39
一票入れる ←ランキング参加中。 貴方の一票(1日1クリック)が、このBLOGの支えです。 只今の順位
<< 奈良女子大学 アイスド・コーヒー >>